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浦和地方裁判所 昭和47年(行ウ)4号 判決

原告 滝沢喜久

被告 埼玉県公安委員会

主文

1  被告が原告に対し昭和四六年一二月八日なした「大型免許、普通免許および二輪免許の各運転免許を取り消し、かつ、免許を受けることができない期間を一年と指定する」旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、管轄公安委員会から大型免許、普通免許および二輪免許の各運転免許を受けていたが、被告公安委員会は、昭和四六年一二月八日右各運転免許を取り消し、かつ、免許を受けることができない期間を一年と指定する処分(以下たんに「本件取消処分」という。)をなし、その旨原告に通知した。

2  これに対し、原告は、不服であるので、昭和四七年二月二日被告公安委員会に異議申立てをしたが、被告公安委員会は、同年三月二二日右異議申立てを棄却する旨の決定をなし、同月三〇日その旨通知した。

3  しかし、本件取消処分は、その処分に至る聴聞およひ審査判定の手続が公正になされず、かつ、処分の基礎となつた事実を誤認した違法があるので、取り消されるべきである。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1項の事実を認める。

2  同2項の事実を認める。

3  同3項は争う。

三  抗弁

1  被告公安委員会が本件取消処分をした理由は、次のとおりである。

イ 原告の累積点数は、昭和四四年一二月四日に犯した通行禁止違反による二点と、昭和四五年一〇月一二日に犯した積載物重量制限超過(五割以上一〇割未満)による二点の合計四点であつた。

ロ ところが、原告は、昭和四六年九月二四日午前五時五五分頃、大型貨物自動車(一一トン車)を時速約四〇キロメートルで運転し、千葉県市川市新田一丁目一三番一号先道路にさしかかつた際、左方を同方向に進行する中山柳三(六七才)運転の自動二輪車を認めたが、同所は進行方向に向かい左側がきわめて狭隘となつているため、そのまま運転を続けて同車を追い抜くときは、自車を同車に接触させる危険があるので、同車の動静を注視し、十分な間隔を保つか、または、一時追い抜きを見合わせるなど、安全を確認して運転すべき注意義務があるのに、先行する普通貨物自動車(四トン車)を追い越そうとし、その動静にのみ注意を奪われ、前記自動二輪車に対する注視を怠つた過失により、同車に自車左前部を接触衝突させ、路上に自動二輪車もろとも同人を転倒させて自車左後輪で轢過し、よつて、同人に対し脳損傷の傷害を負わせ、右傷害により同人を即死するに至らしめる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。

ハ この結果、前記累積点数四点に、本件事故は、もつぱら原告の不注意によつて発生した場合以外の場合であると認められるので、その違反行為に付する基礎点数二点と、交通事故を起こした場合に付する付加点数九点の合計一一点を加えると、前歴がない場合の運転免許の取消点数一五点に達する。そして、この場合に、免許を受けることができない期間として指定すべき年数は、一年である。

2  ところで、被告公安委員会は、以下述べる要領で公開による聴聞手続を実施したうえ、公安委員会田俊と同大谷三四郎とが合議した結果にもとづき、本件取消処分をしたものであり、その手続に何ら違法はない。

イ 先ず、被告公安委員会は、昭和四六年一一月一五日付聴聞通知書をもつて、原告に処分しようとする理由ならびに聴聞の期日および場所を通知し、同月二二日原告から出頭する旨の回答を得たのち、同月二九日付で聴聞の期日および場所を被告公安委員会の掲示板に掲示して公示した。

ロ しかるのち、昭和四六年一二月八日午後一時頃から浦和市高砂三丁目一四番一号埼玉県自治会館において実施された聴聞では、会田公安委員がこれを主宰し、埼玉県警察本部交通部交通処理課の警部江口要と警部補赤岩栄介の両名が補佐した。

ハ 冒頭会田公安委員は、人定質問を行い、出頭した者が原告本人であることを確認したのち、江口警部に指示して、聴聞事実「原告は、(1)昭和四四年一二月四日通行禁止制限違反二点、(2)昭和四五年一〇月一二日積載違反二点、(3)昭和四六年九月二四日午前五時五五分頃、大型貨物自動車を運転し、約四〇キロメートル毎時の速度で、千葉県市川市新田一丁目一三番一号先付近道路にさしかかつた際、先行する前車(ダンプ)を追い越そうとその動静のみに気をとられ、自車の左前方を同方向に進行中の中山柳三(六七才)運転の自動二輪車(二種原付)に気づかず、これに自車左前部を衝突させ、路上に転倒させて左後輪で轢過し、同人を即死させたものである。処分点数違反点二点、付加点九点、累積点四点、合計一五点。」を読み上げさせ、原告に対し間違いがないかどうかただしたところ、原告より、本件事故について、「そのとおり事故を起こしたと言われれば起こしたかも知れないが、自分では、車で轢いたのではなく、触れたのだと思うだけで、実際には全くわからなかつた。したがつて、ひき逃げを認めることはできない。」旨の陳述があり、また、従前の違反歴については、「前に立川市で一方通行違反、千葉市内で重量違反で反則金を納めていることは事実である。」旨の陳述があつた。そのほか、示談、刑事処分について質疑応答がなされ、聴聞を終つた。

3  また、被告公安委員会は、千葉県公安委員会から送付されてきた資料にもとづき、前記聴聞結果をも勘案し、抗弁1項の各事実を認定したものであり、ことに、本件事故については、業務上過失致死事件の捜査記録中の、司法警察員内田圭二外二名作成の捜査報告書、司法警察員内田圭二、同菊地久雄各作成の実況見分調書、医師渡辺和子作成の死体検案書、森比路志の司法巡査に対する供述調書、原告の司法警察員に対する弁解録取書、原告の司法警察員に対する供述調書(二通)、技術吏員小出多喜男作成の検査結果報告書によつて認められる、以下の各事実を総合して、原告が起こしたものと認定したものであり、その事実認定に何ら誤りはない。

イ 原告は、本件事故の発生した同じ時刻頃に、事故現場を大型貨物自動車を運転し、時速約四〇キロメートルで通行したこと。

ロ 原告は、事故現場の数十メートル手前の地点で自車の前方を同一方向に進行している自動二輪車を認めていること。

ハ 当時原告の運転する車両に追従していた普通貨物自動車の運転手森比路志は、原告車両が通過したのち、被害者が路上に倒れているのを発見し、その進行位置から原告車両が本件事故を起こしたものと思い、登録番号確認のため追跡した際、原告が信号無視、追越しなどの異常な運転をしたのを目撃していること。

ニ 原告は、先行する普通貨物自動車(四トン)を追い越す機会をうかがいながら、大型貨物自動車を運転走行していたが、結局、先行車を追い越したのは、事故現場を通過したのちであり、事故現場では、被害者および被害車両の転倒していた道路左端から二・〇五メートル付近の地点を走行していること。

ホ 事故発生後前記森比路志の通報により検問中であつた千葉県柏警察署員が原告車両を発見停止させ、見分したところ、同車両に肉片、脳漿、血痕のようなものが付着しているのが発見され、原告自身もこれを認めたこと。

ヘ 被害者の着衣の右肘関節後部と被害車両の後部荷掛中央後端、後部制動灯ソケット部に付着していた赤色塗膜片と原告車両の左側サイドバンバーに塗付されていた赤色塗料とが同じである。

ト 被害者の着用していたヘルメットに残されていたタイヤ痕は、原告車両の二個の外側後輪のタイヤと紋様が同一であり、サイズも酷似するタイヤによつて印されたものである。

しかも、ヘルメットのタイヤ痕は、原告車両のタイヤと同じブリジストンタイヤ株式会社製の大型トラック用タイヤによつて印されたものであるから、原告車両に先行していた普通貨物自動車は本件事故と無関係であること。

チ 原告が本件事故につき起訴されていること。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1項の事実を認める。

2  同2項の事実のうち、公開による聴聞を実施したことを認め(ただし、イの事実のうち、聴聞の期日および場所を公示した点は不知、その余を認め、ロの事実を認め、ハの事実のうち、人定質問、聴問事実の読み上げがなされ、示談、刑事処分について質疑応答がなされたことを認め、その余を否認する。)、公安委員会田俊と同大谷三四郎との合議にもとづき決定したとの点は否認し、本件取消処分をした手続に違法がないとの主張を争う。

(i) 本件取消処分には、その聴聞手続に以下述べる違法がある。

道路交通法が運転免許の取消しにあたり、公開による聴聞を経ることを要件とし、かつ、その聴聞において当該処分にかかる者またはその代理人(以下たんに「被処分者」という。)に意見を述べ、有利な証拠を提出する機会を保障した趣旨は、公開による聴聞を行うことにより取消処分の基礎となる事実について、被処分者に十分主張立証を尽させることによつて公安委員会の事実認定およびそれを前提とした法律適用に恣意、独断の疑いが入らないようにし、もつて、取消処分の適正さを確保するためである。したがつて、この見地からすると、次の点がとりわけ重要である。すなわち、

イ 第一に、被処分者の主張立証を経なくては事実認定や法律適用の適切さを期し難いとみられる事項について、公安委員会の主張と証拠とが個別的、具体的に提示されることを要するものというべきであり、こうした主張と証拠の個別的、具体的な提示なくして行われた聴聞は、被処分者に自己に不利な主張と証拠に反ばくする機会を与えなかつたことに帰するから、実質的に公正になされたものとはいえない。

ところで、被告公安委員会は、本件聴聞において、聴聞事実の有無に関連する、手持ち証拠を何一つ原告に個別的、具体的に提示しなかつた。

ロ 第二に、被処分者は、一般に聴聞その他行政手続に関する知識にとぼしく、自己に認められた権利の行使に不慣れであるというだけでなく、聴聞という場において自己の意とするところを十分に聴聞の主宰者に伝えることが往々にして困難であるから、少なくとも事実について争いがある事案では、被処分者のなした陳述が明確さを欠くときは、聴聞の主宰者が適切な釈明をし、その意とするところを明確にさせ、公安委員会の手持ち証拠について被処分者に反ばく、立証することを促し、その証明力を争う機会を与えるなどの後見的任務を果たすことが要請されているといわなければならず、したがつて、被処分者の言い分を十分明確にさせることなく、あまつさえ、被処分者が自己に有利な事実を主張立証しようとしたのに、これらの主張立証を妨害し、聴聞手続を終了させることは、やはり実質的に公正とはいえない。

ところが、本件聴聞において、原告が本件事故を起こしたことを否認する趣旨の陳述をし、聴聞を主宰した会田公安委員もまたその趣旨として理解しながら、適切な釈明を行つて原告の意とするところを明確にさせることもなく、さらには、突つ込んだ質疑応答を重ねるなどの措置に出なかつた。あまつさえ、原告が本件事故の際の状況を詳しく説明し、事故を起こしたのが自分でないことを述べようとしたのに、聴聞事務を補佐した江口警部は、原告の右発言を阻止した。

ハ 第三に、聴聞手続において審問すべき事項は、公安委員会が処分をするために認定を必要とする事項と範囲を同じくし、かつ、これらの審問を必要とする事項についての審問は、事項ごとに行われなければならない。そして、そのうちのある事項について審問を欠くときは、その事項について聴聞がなされなかつたことに帰し、被処分者としては、主張と立証の機会を奪われたことになるから、その聴聞は不公正である。

ところが、本件取消しの聴聞にあたつて審問すべき事項は、原告に安全運転義務違反があつたかどうか、死亡事故が発生したかどうか、右安全運転義務違反と事故との間に困果関係があるかどうか、および従前の違反行為の四項目であるところ、読み上げられた聴聞事実には、従前の違反行為の関係では、違反行為の日時、種類および違反点数が掲げられているにとどまり、たとえば、積載物重量制限違反についてみると、その超過の程度によつて違反点数が異なるのにその記載を欠き、また、本件事故の関係でも、事故の日時、場所、過失の態様および事故の発生、態様が掲げられているものの、前述した事項ごとの区分がされていない。しかも、このような聴聞事実の読み上げを行い、包括的に事実に間違いがないかどうか尋ね、原告がこれに詳細に応答しようとすると、ほとんど間隙をおかないで会田公安委員ないし江口警部が刑事処分、示談に関する質問をなし、このため、原告は、本件事故について意見を述べる暇がなく、それらの質疑応答が終つた段階でようやく切り出したものの、前述したように、江口警部は、原告の発言を制止し、聴聞を打ち切つた。したがつて、本件聴聞においては、審問を必要とする事項について事項ごとの審問が行われず、かつ、審問を必要としない事項について審問がなされた結果、これを必要とする事項については何ら審問がなされなかつたに等しい。

ニ 第四に、運転免許の取消処分においては、刑事裁判手続と同じような弾劾主義的な構造をとつていないため、聴聞の主宰者が事前に資料を検討し、当該事案を把握しているのでなければ、被処分者が何を陳述しても言い放しに終り、具体的資料にもとづく質疑応答を期待すべくもない。したがつて、聴聞の主宰者において事案を把握していることを要し、これを欠くまま実施された聴聞は、被処分者の主張と立証を経て事実認定の適切を期そうとした法の趣旨にもとるものであり、不公正である。もつとも、事件の多数および公安委員の員数が法定されていることからくる絶対的不足等からしてすべての事案につき公安委員が事前に資料の検討を行うことが困難である場合も考えられるが、そのような場合には、これに代替する措置、たとえば、聴聞事務を補佐する警察職員に事前にこれらの資料を検討させ、予想される問題点等につき調査報告書を作成させるなどの方法をとることによつて事案の把握に努めるべきである。

ところが、本件聴聞にあたつて、これを主宰した会田公安委員は、事前に何ら資料を検討することなく、また、これに代替する措置をとることもなく、ただ聴聞事実に目を通しただけで聴聞を実施した。

(ii) 次に、本件取消処分には、その審査判定手続に違法がある。

道路交通法は、運転免許の取消処分はもとより、その処分に先立つて行う聴聞に関する事務まで公安委員会が自ら行うものとし、これを警視総監または道府県警察本部長に委任することを許していない。すなわち、道路交通法は、独立して準司法的機能を営む機関である公安委員会の公正と中立性とを信頼し、聴聞を含め取消処分をその権限としたものであるから、少なくとも取消処分の基礎となる事実に争いがあるときは、資料の検討と評価、そしてこれにもとづく事実認定をすることは、合議体である公安委員会自身が直接合議することによつて行わなければならない。にもかかわらず、公安委員会がその庶務を処理する警視庁または道府県警察本部の警察職員の報告をうのみにして事実認定をするときは、法の前記趣旨を没却することとならざるをえず、その事実認定を前提とする取消処分は、公正になされたということができない。

しかるに、被告公安委員会を構成する各公安委員は、聴聞の前後を通じ資料を直接検討することをせず、たんに聴聞事務を補佐した警察職員からその主観的判断が前面にたつた報告を口頭によつて受け、その判断をうのみにし、しかも警察職員の書類のもちまわりの方法で合議することによつて事実認定をし、本件取消処分をした。

(iii) 以上要するに、本件取消処分の手続は、その処分に至る聴聞および審査判定のいずれもがその実質において法の趣旨にもとる不公正なものであり、違法である。そして、本件事故については、原告の過失により起こされたものでないと疑うべき合理的理由が存在するものであつて、被告公安委員会において法の趣旨に適合する公正な聴聞を実施し、その結果を勘案しながら、自ら直接事実認定したとするならば、先にした判断と異なる判断に到達した可能性も十分存したといえるから、本件取消処分は、取消しを免れない。

3  抗弁3項の事実のうち、被告公安委員会が抗弁1項ロの事実を認定したことに誤りはないとの点を否認し(ただし、イ、ロの事実はいずれも認める。)、その余は認める。

本件取消処分は、以下述べるように、本件事故が原告の過失により起こされたものでないのに、これを肯定した点に事実を誤認した違法がある。

(i) 先ず、原告と本件事故とを結びつける物的証拠である、原告車両に付着していた肉片様のもの等、被害者ないし被害車両に付着していた赤色塗膜片、被害者のヘルメツトに残されたタイヤ痕について、その証拠判断に誤りがある。すなわち、

イ 第一に、原告車両には、肉片、脳漿、血痕らしきものが付着していたとされ、これは、捜査機関において本件事故が原告車両によつてひき起こされたものではないかと疑うに至つた決定的資料であるだけでなく、被告公安委員会によつて事実認定上の決め手とされているものである。ところが、これらの資料につき、千葉県警察本部刑事部鑑識課の職員が行つた血痕予備試験であるルミノール発光試験とリユーコマラカイト緑試験の結果は、いずれも陰性であり、これらの資料に血液の付着していないことが明らかとなつた。したがつて、捜査機関において肉片、脳漿、血痕と考えたものは、事実はそうでなかつたこととなり、原告と本件事故とを結びつける重要な根拠を欠くに至つた。

ロ 第二に、被害者ないし被害車両より採取された赤色塗膜片と原告車両より採取された赤色塗料とは、前記鑑識課の職員が行つた顕微鏡観察、紫外線照射、ジフエニルアミン硫酸試薬による反応および発光分析の四種の検査の結果、同一性を有するものと判定された。しかし、原告車両より採取された塗料は、右車両のサイドバンバー部分から採取されたものであるとしても、被害者ないし被害車両より採取された塗膜片については、それが具体的に被害者の着衣の右肘関節後部、被害車両の後部荷掛中央部、後部制動灯ソケツト部分、方向指示器の破片のいずれの箇所に付着していたものか不明であるだけでなく、対照用の資料が複数の箇所から発見採取されている場合には、その一つ一つについて科学的検査によつて資料間の整合性を検討しなければその科学性に疑いを抱かれてもやむをえないというべきであるのに、それもなされていないことからして、現場より採取されたとされている塗膜片が真実現場より採取されたものであるか疑わしい。そして、現場より採取されたという塗膜片も原告車両のサイドバンバーに塗付されている塗料も同じ赤色であるが、貨物自動車のサイドバンバーに塗布される塗料のほとんどが赤色であるうえ、前記諸検査によつては、同一塗料メーカーの製造にかかる塗料であつた場合はもちろん、他の塗料メーカーの製造にかかる塗料であつた場合にも、その同一性を判定できない場合が多いのであるから、この事実をもつて原告車両が加害車両であると断定することはできない。さらに、塗膜片が付着していた前記部位の地上からの高さがそれぞれ異なり、しかも原告車両には、サイドバンバー部分以外に接触箇所と思われる痕跡が残つていないことからすると、被害者が自動二輪車を運転走行している際に原告車両のサイドバンバーが接触した結果、塗料が付着したとは考えられない。そればかりでなく、原告車両のサイドバンバーの塗料の削れ具合が長さ約二・七センチメートル、幅約二・〇センチメートルとかなり大きく、もし、衝突によつてこれらの塗料が剥離されたとすれば、今少し大量の塗料片が現場に残されていてしかるべきであるのに(現場の保存状態は良好であつて。)、塗膜片は、いずれも被害者ないし被害車両からきわめて少量が発見されたのみで、衝突地点と思われる付近路上からは一片も発見されていない。こうした事実のほか、被害者が生前自転車屋を経営し、主に修理をしていたと思われることも考えあわせると、被害者ないし被害車両に付着していた赤色塗膜片は、本件事故とは別の機会に付着していたものであることも考えられる。

ハ 第三に、本件事故の際被害者が着用していた白色ヘルメツトにはタイヤ痕が残され、前記鑑識課の職員による肉眼的観察と測定比較検査の結果によれば、右タイヤ痕を印したタイヤと、原告車両の外側後輪の二個のタイヤの各側面部とは、紋様が符合し、かつ、タイヤサイズが酷似し、しかも、いずれもブリジストンタイヤ株式会社製の大型トラツク用タイヤであるとされている。しかし、検査の結果、両者の損傷、消耗状態の一致していることが認められない限り、白色ヘルメツトに残されたタイヤ痕が原告車両のタイヤによつて印されたものであると断定できないだけでなく、メーカー、型式が同一であるという点も、メーカー、型式ごとに側面部の紋様が異なるのでなければいえないのに、その前提関係が不明であり、したがつて、白色ヘルメツトにタイヤ痕を印したタイヤがブリジストンタイヤ株式会社製大型トラック用タイヤであるといえない。しかも、ヘルメットに印されたタイヤ痕と同じタイヤ痕を印すことの可能な紋様とサイズを有するタイヤは、国内のトラック、バス用に使用されているタイヤの約九〇%に及んでいる。

(ii) 次に、本件事故の直後を目撃した森比路志の供述についても、その証拠判断に誤りがある。

すなわち、原告は、同人の通報によつて本件事故の数時間後に検問中の前記柏警察署員によつて逮捕されるに至つたのであるが、しかし、同人は、原告車両の約五〇メートル後方を追従しながら走行していたのに、被害者ないし被害車両が転倒し、あるいは、バウンドしている状態を目撃していないだけでなく、現場の路面に残されている擦過痕からしても、衝撃音は、相当大きな音であつたと思われ、屋内にいた付近の住民も明瞭に知覚しているのに、同人がそれを聞いていないことからすれば、本件事故が同人の僅か五〇メートル前方を走行していた原告車両によつて起こされたと考えるのは、あまりにも不自然である。また、森比路志が事故の発生を覚知した際、原告車両は、被害者の転倒した地点から少な目にみても二メートル以上の距離を置いた道路中央線付近の地点を走行していたと認められるから、その走行位置からも本件事故が原告車両によつて起こされたものとはいえない。さらに、森比路志が原告を犯人ではないかと考えるに至つた、原告車両の追越し禁止違反、信号無視などの異常な走行ぶりはなかつたのであるから、この点からも同人の供述をもつて原告車両が加害車両であるということはできない。

(iii) 原告の供述について、その証拠判断に誤りがある。

すなわち、原告は、事故現場付近における走行位置と、事故現場手前数十メートルの地点で見た自動二輪車の種類について供述に変化があるほかは、現場付近において先行する貨物自動車を追い越そうとその機会をうかがいながらこれを追従していたこと、原告車両が加害車両であるとすれば、当然受けたはずの本件事故の際の衝撃について知覚しておらず、また、屋内にいた付近の住民も聞いたその音も聞いておらず、本件事故に対する認識がないことなどにつき、身柄を拘束されていた捜査段階から一貫して供述をしており、加えて、その内容が現場の客観的状況や森比路志の目撃した状況等と符合していることからして、供述の信憑性は高い。そして、原告の右供述に照らせば、本件事故は、原告車両によつてひき起こされたものでないといえる。

(iv) 以上要するに、本件事故は、原告の過失により起こされたものでないことが明らかであるのに、被告公安委員会は、証拠判断を誤つた結果、事実を誤認したものであるから、これを基礎とする本件取消処分は、違法として取消しを免れない。

五  抗弁に対する答弁についての反論

1  抗弁2項に対する答弁(i)イについて

運転免許の取消処分の手続の一環として、取消処分の決定に先立ち行われる聴聞においては、刑事裁判手続におけるような厳格な直接主義、口頭主義は要求されていないのであるから、公安委員会としては、被処分者に公開の場において意見を述べ、有利な証拠を提出する機会を与えれば足り、それ以上に証拠を個別的、具体的に開示し、これに対し反論を促すまでの必要はない。

2  抗弁2項に対する答弁(i)ロについて

本件聴聞において原告が本件事故を起こしたのが自分でないことを述べようとしたにもかかわらず、江口警部がその発言を阻止したことはない。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本件取消処分の存在と不服申立てについて

請求の原因1項の事実は、当事者間に争いがなく、また、同2項の事実も、同様である。

第二本件取消処分の適法性について

一  本件取消処分の理由

抗弁1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件取消処分の手続

1  抗弁2項の事実のうち、被告公安委員会が本件取消処分に先立ち、公開による聴聞を実施したことは、当事者間に争いがない。

そこで、聴聞手続の適法性から検討する。

(i) その実施状況は、次のとおりである。

イ 聴聞の実施に先立ち被告公安委員会が昭和四六年一一月一五日付聴聞通知書をもつて原告に処分しようとする理由ならびに聴聞の期日および場所を通知し、同月二二日原告から出頭する旨の回答を得たことは、当事者間に争いがない。

また、成立に争いのない乙第五号証および証人江口要の証言によると、その後同月二九日付で聴聞の期日および場所を被告公安委員会の掲示板に掲示して公示したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

ロ しかるのち、同年一二月八日午後一時頃から浦和市高砂三丁目一四番一号埼玉県自治会館において実施された聴聞では、会田公安委員がこれを主宰し、埼玉県警察本部交通部交通処理課の江口警部と赤岩警部補の両名が補佐したことも、当事者間に争いがない。

ハ 冒頭会田公安委員が人定質問を行つて出頭者が原告本人であることを確認したのち、同公安委員の指示により、江口警部において被告主張の内容の聴聞事実を読み上げたことは、当事者間に争いがなく、証人江口要の証言によつて成立を認める乙第六号証、同証言および証人会田俊の証言ならびに原告本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分を除く。)によれば、会田公安委員ないし江口警部と原告との間で要旨被告主張の内容の質疑応答がなされたこと、その間原告に対し、業務上過失致死事件の捜査記録のうち、本件事故を認定するために供した資料を個別的、具体的に開示するといつたことはなされなかつたこと、右聴聞に要した時間は、およそ五分程度であつたことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、その供述内容に徴してたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、聴聞事実が読み上げられ、事実に間違いがないかどうか尋ねられ、これに詳細に応答しようとすると、ほとんど間隙をおかないで会田公安委員ないし江口警部から刑事処分、示談に関する質問がなされたため、本件事故について意見を述べる暇がなく、それらの質疑応答が終つた段階でようやく本件事故の際の状況を詳しく説明し、事故を起こしたのが自分でないことを述べようとしたものの、そのとたん江口警部に発言を阻止されたと主張するが、原告本人尋問の結果中右主張にそう部分は、たやすく措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ニ また、前掲各証拠によれば、会田公安委員は、聴聞にあたつて事前に本件取消処分の事実認定の資料に供せられた業務上過失致死事件の捜査記録を自ら検討したことはなく、また、捜査記録を検討した江口警部からも事案の内容、問題点について何ら説明を受けていなかつたこと、そして、たんに前述した聴聞事実に目を通したのみで聴聞に臨んだが、聴聞の最中に原告から本件事故について「そのとおり事故を起こしたといわれれば起こしたかも知れない。しかし、自分では、車で轢いたのではなく、触れたと思うだけで、実際には全くわからなかつた。」旨の弁明がなされたことから、江口警部に捜査記録を見せるように指示し、このため、同警部が捜査記録中の実況見分調書を示して被害者ないし被害車両に付着していた塗膜片と原告車両より採取した塗料とが一致し、原告車両の後輪には、肉片、脳漿とか血痕とかが付着していた程度の簡単な説明をしたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ii) ところで、運転免許の取消処分をするにあたつて、道路交通法が公開による聴聞を経ることを要件とし、かつ、その聴聞において被処分者に意見を述べ、有利な証拠を提出する機会を保障したのは、公開による聴聞を行うことにより取消処分の基礎となる事実やこれを前提とした法律適用について、被処分者に十分意見を述べさせ、立証を尽させることによつて、公安委員会の事実認定およびそれを前提とした法律適用に恣意、独断の疑いが入らないようにし、もつて、取消処分の適正さを確保するためであることは、原告の主張するとおりである。

ところが、運転免許の取消処分をするにあたつて行う聴聞においては、その手続構造上、処分を求める者と処分をする者とが分離されていないため、聴聞の実施方法いかんによつては、公安委員会がいかなる証拠にもとづいて事実を認定しようとしているのか、また、その事実認定を前提としてどのような法律適用をするのか、被処分者にとつて必ずしも明らかでなく、その結果、被処分者が意見を述べ、有利な証拠を提出しようとしても、実質的にみてこれを有効適切になしえない事態が起こりうるのを避けがたい。しかし、このような事態が起りうることは、先に述べた法が公開による聴聞を経ることを要件とし、かつ、その聴聞において被処分者に意見を述べ、有利な証拠を提出する機会を保障した趣旨に照らして、決して望ましいことでなく、とりわけ、当該取消処分の結果に影響を与える可能性のある事項のなかに、事実認定上微妙なものが含まれているため、あるいは、法律適用上見解の対立の予想されるものがあるため、被処分者に十分な主張、立証を尽させることが事実認定やそれを前提とする法律適用に適正さを期するうえで重要であると認められる場合に、被処分者において当該取消処分を争う意思を有しているにもかかわらず、有効適切に意見を述べ、有利な証拠を提出することができないとするならば、法がこれを保障した趣旨は、甚だしく損われるといわなければならない。法が聴聞の実施に先立つてその期日および場所とともに、処分しようとする理由を通知することを要する旨規定しているのも、被処分者に可能な限り右に述べた権利を有効適切に行使させるためであるにほかならない。

それゆえ、運転免許の取消しの場合の聴聞につき規定する道路交通法、同施行令および一般の聴聞の手続につき規定する「聴聞および弁明の機会の供与に関する規則」(埼玉県公安委員会規則昭和四二年第八号)のいずれにも明文の規定はないが、当該取消処分の結果に影響を与える可能性のある事項のなかに、前述した事実認定上微妙なものが含まれているとき、あるいは、法律適用上見解の対立の予想されるものがあるときは、被処分者において争う意思を有している以上、被処分者に対し当該事案全体につき包括的に答弁を求め、主張立証の有無を確認するといつた聴聞にとどまるのでは足りず、進んでその事項を具体的に摘示し、被処分者に主張立証を促す方法をとることによつて聴聞を実施することまで要し、かつ、事実認定上微妙なものを含んでいるがゆえに被処分者に当該事項を摘示すべきであると認められる場合にあつては、証拠を開示することによつて第三者の名誉が害され、あるいは、刑事事件の捜査裁判に支障を来たすといつた事情が認められない限り、あわせて当該事項に関連する主要な証拠を具体的に開示したうえ、被処分者にこれに対する反論立証の機会を与えることを要するものと解するのが相当である。そして、このような見地からすると、公安委員会が、被処分者に前述した問題事項を具体的に摘示することを要する場合であるのに、これを行わないまま漫然と聴聞を実施し、その結果、被処分者において十分主張立証を尽すことができなかつたと認められる事情が存するときは、そのようにして実施された聴聞は、法の要求する聴聞としての実質を欠くものと評しうるから、これを前提としてなされた取消処分も、違法であるといわなければならない。

そこで、いま本件取消処分の基礎となつた事実について検討すると、本件事故については、原告に被告の主張する過失があるといえるかどうかという点もさることながら、その前提として、被害者が原告車両によつて轢過されたものであるか否かの点において、事実認定上微妙なものが含まれていることが明らかである。すなわち、本件事故にあつては、成立に争いのない甲第一号証の四、五、第二号証の二、三、第五号証の一、二、原本の存在および成立に争いのない同第八、九号証の各一、二、成立に争いのない同第一〇号証の一、二、原本の存在および成立に争いのない同第一七号証の一、二、成立に争いのない乙第七ないし第九号証、第一一号証の一、原本の存在および成立に争いのない同号証の二、成立に争いのない同第一三号証の一、第一四号証、原本の存在および成立に争いのない同第一五号証および証人大川盛次、同小出多喜男の各証言を総合すると、

イ 原告が本件事故の発生した時刻と同じ頃、事故現場を大型貨物自動車を運転し、時速約四〇キロメートルで通行していること(この事実は、当事者間に争いがない。)、

ロ また、原告が事故現場の数十メートル手前で自車の前方を同一方向に進行している自動二輪車(被害車両と同一であるかどうか不明である。)を認めていること(この事実も当事者間に争いがない。)、

ハ 当時原告車両に数十メートル遅れて追従していた普通貨物自動車の運転手森比路志が原告車両の通過したのちの道路左端から一・九〇メートルまでの間の路上に、被害者が被害車両とともに転倒しているのを発見していること、

ニ 科学検査の結果、被害者ないし被害車両に付着していた赤色塗膜片と原告車両の左側サイドバンバーに塗布されている赤色塗料との間に、同一性があると断定することができないまでも相矛盾する要素が見い出せないこと、また、同サイドバンバー下段前端で前輪の真後ろにあたる箇所に長さ約二・七センチメートル幅約二・〇センチメートルの新しい傷痕があること、

ホ 鑑識の結果によると、被害者が着用していた白色ヘルメットに残されたタイヤ痕は、原告車両の二個の左側外側後輪のタイヤと紋様が同一で、かつ、サイズも似たタイヤによつて印されたものであること

が認められ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)これらの事実に即して検討する限りにおいては、被害者が原告車両によつて轢過されたと認める相当な理由があるといわなければならないが、反面、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、前掲同号証の四、五、成立に争いのない同第二号証の四ないし八、第三号証、原本の存在および成立に争いのない同第四号証、前掲同第八号証の二、第九号証の一、原本の存在および成立に争いのない同第一四号証、第一六号証、前掲同第一七号証の一、二、乙第七ないし第九号証、成立に争いのない同第一〇号証、前掲同第一一号証の一、二、成立に争いのない同第一二号証、前掲同第一三号証の一、成立に争いのない同号証の二、前掲同第一五号証および証人大川盛次の証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、

ヘ 原告逮捕のきつかけとなり、原告も本件事故を起こしたことを自認する動機となつたものと思われる、原告車両の左後輪およびその真上の車体部分に付着していた肉片、脳漿、血痕らしきものについて、その後の科学検査の結果、陰性であり、血液反応のないことが明らかとなつたこと、

ト 衝突部位であるとされている原告車両の左前部には前述した左側サイドバンバーの傷痕以外に衝突痕と思われるものがなく、右の傷痕も、その位置および地上からの高さからして原告車両と被害者ないし被害車両との最初の衝突の際に生じたものであるとするには不自然であり、結局、原告車両には最初の衝突の際の痕跡が認められないこと、

チ 事故現場付近の住民が屋内で聞いた本件事故の際の衝突音と思われる音を事故直後の目撃者であるはずの前記森比路志が聞いていないこと、

リ 被害者は、頭部を轢過され、脳損傷により即死したものであり、事故現場に残された擦過痕等からしても、その際相当な衝撃感と音とがあつたはずであるのに、原告は、業務上過失致死事件の被疑者として逮捕され、身柄を拘束されたうえ取調べを受けていた当時から現在まで一貫して、被害者を轢過した衝撃を感じたことも、その音を聞いたこともなく、逮捕されてはじめて本件事故に気がついた旨供述していること、

ヌ さらに、原告は、事故現場付近の走行状況について、先行する普通貨物自動車を追い越そうとしてその機会をうかがいながら走行していた旨述べ、森比路志の供述からも、原告車両のそのような走行状況がうかがえなくもないこと、そうだとすると、事故現場が二車線からなる道路であるから、原告車両は、被害者ないし被害車両が衝突転倒したと認められる左側車線でなく、隣の右側車線を走行していた可能性があること、

が認められ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)これらの事実によれば、逆に被害者を轢過したのは、原告車両以外の車両ではないかと疑われるのである。そして、前掲甲第八号証の二、第一六号証、乙第九号証、第一二号証、第一三号証の一、二および証人大川盛次の証言によれば、原告は、捜査段階では本件事故を起こしたことを認めているが、前述したように、原告車両に肉片、脳漿、血痕らしきものが付着していたことから自認するに至つたと思われる点があり、しかも、本件事故について認識がないとして事故の際の具体的状況について供述するところがないため、右の事実を重要視することも困難である。これを要するに、積極、消極相矛盾するかにみえる事実が存し、これらの有する意味について、原告が本訴において主張するその余の点も考慮に入れたうえ、慎重に検討したうえでなければ、前記の点についていずれともにわかに断定し難い事案であることが明らかである。ちなみに、弁論の全趣旨によれば、千葉地方裁判所に係属中の原告に対する業務上過失致死被告事件の審理は、起訴後三年近くを経過した現在も終結されるに至つていないことがうかがわれるのである。

そして、原告が本件聴聞において被害者を轢過したことをむしろ否認する趣旨の陳述をしたことは、既に認定したとおりである。

そうだとすると、被害者が原告車両によつて轢過されたものであるか否かが本件取消処分の結果を左右する事項であることはいうまでもないから、被告公安委員会としては、このような事案の性質内容上、原告が右の事項について意見を述べ、有利な証拠を提出しようとしたか否かを問わず、進んで原告に具体的に摘示したうえ、主張立証を促すことを要し、しかも、既にみた事実関係の下では、証拠の開示を妨げる事情もうかがえないから、あわせて、関連する個々の証拠を開示したうえ、原告に反論立証する機会を与えることをも要するといわなければならない。

ところが、先に認定した事実によると、聴聞を主宰した会田公安委員は、読み上げられた聴聞事実(聴聞事実の内容は、過失の内容に関しては、十分に具体的にして明確であるとはいいがたい。)につき原告に漫然と包括的に間違いがないかどうか確認したにとどまり、これを補佐した江口警部も、原告が事故に対する認識をもつていたかどうかの点から、被害者が原告車両によつて轢過されたものであるか否か確認しようとしたものの、それ以上に十分明確な方法で原告にこれに対する反論立証を促していないだけでなく、関連する証拠を何一つ開示しないまま、僅か五分程度で聴聞を終えているのである(なお、成立に争いのない乙第三号証によると、被告公安委員会が聴聞に先立つて原告に通知した、「処分しようとする理由」は、たんに本件事故の日時、場所を掲記したに過ぎないものであつた。)。

そして、本件事案の性質内容に照らせば、会田公安委員において前記事項に対する反論立証を促し、かつ、関連する証拠を具体的に開示していたならば、当然に原告より事故の際の状況の説明がなされるなどの主張立証がなされたものと推認されるのであり、原告は、十分な主張立証を妨げられたといつてよい。

してみると、本件聴聞手続は、この点において違法である。

(iii) 加うるに、運転免許の取消処分にあたつて行う聴聞においては、前述した手続構造上、聴聞を主宰する者が事案を十分把握したうえでこれに臨むのでなければ、聴聞において、被処分者の行う主張立証の内容を理解することが困難であることはもとより、被処分者に前述した問題事項を摘示し、関連する個々の証拠を開示することも困難であることは、いうまでもない。したがつて、公安委員は、事前に事案を把握していることを要し、そのためには、公安委員自ら資料を直接検討しておくことが理想である。しかし、運転免許の取消処分の大量性と公安委員の員数の制度的制約による不足に加え、かかる処分に対する迅速な処理の要請を考慮するならば、これにかえて、聴聞事務を補佐する警察職員(その者は、法律その他につき専門的知識経験を有し、かつ、公正な判断をすることができる者であることを要する。ちなみに、東京都の「聴聞及び弁明の機会の供与に関する規則」(東京都公安委員会規則昭和四三年第八号)三条によれば、公安委員会またはその委任を受けた警視総監が警視総監の指名する警察職員をして聴聞を行わせる場合には、警視以上の階級にある警察官または参事もしくは副参事である一般職員を指名しなければならないとされている。)に資料を検討させ、その結果を事案の概要と問題点といつた形式で報告させることによつて事案を把握することも許されるといわなければならないが、いずれにしても、聴聞を主宰した公安委員において事案に対する十分な理解を欠くまま聴聞が実施されるときは、その聴聞は、法の期待する聴聞たる実質を有しないといつてよいから、違法であることを免れない。

これを本件聴聞についてみるに、聴聞を主宰した会田公安委員は、事前に本件取消処分の事実認定に供された業務上過失致死事件の捜査記録を検討しておらず、また、これを検討した江口警部からも何ら説明を受けることなく、たんに被告主張の内容の聴聞事実に目を通したのみで聴聞に臨んだことは、先に認定したとおりであり、会田公安委員が聴聞の途中で江口警部から受けた説明の内容も、被害者ないし被害車両に付着していた塗膜片と原告車両より採取した塗料とが一致し、原告車両の後輪には、肉片、脳漿とか血痕とかが付着していたといつた程度のものであり、先にみた、被害者が原告車両によつて轢過されたものであると認定するにあたつて留意すべき点のすべてにわたるものではなく、本件事案の性質内容からすると 事案を把握するためには、あまりにも不完全、不十分であるというべきであり、あまつさえ、原告車両の後輪に肉片、脳漿とか血痕とかが付着していたとの説明は、著しく正確性に欠け、同公安委員をして事案に対する誤つた理解をさせるおそれがあるものであることが明らかである。

したがつて、本件聴聞手続は、この点においても違法であるといわなければならない。

2  次に、本件取消処分の審査判定手続について検討する。

(i) 前掲乙第六号証、証人江口要、同会田俊の各証言および原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

イ 本件聴聞が終了すると、会田公安委員は、原告を退室させるとともに、交通処理課の警察職員を介して、聴聞の結果の要旨を記載した聴聞調書と処分の認定資料となる捜査記録とを別室で聴聞を主宰していた公安委員大谷三四郎のもとにまわしたこと。

ロ 大谷公安委員は、右書類を持参した警察職員から説明を受け、簡単にこれに目を通して会田公安委員の運転免許の取消処分が相当であるとの意見を知り、これに同意したこと。

ハ その結果、本件取消処分が決定され、控室で待機していた原告に通知されたが、その間の所要時間は、五分程度であつたこと。

(ii) ところで、道路交通法は、運転免許の取消処分については、公安委員会が自らこれを行うことを要するものとし、これを警察職員に委任することを許していないのであるから、公安委員会を構成する各公安委員が直接資料を検討するか、少なくともこれに代わる方法をとることによつて、事案を把握したうえ、会議を開き、その議決によつて取消処分を決定することを要するのは、聴聞の場合と同様である。

しかるに、本件取消処分にあたり、会田公安委員だけでなく、大谷公安委員についても認定資料に供された捜査記録を検討し、または、これにかえて江口警部らの聴聞事務を補佐する者から捜査記録を検討した結果について説明を受けることにより事案を十分把握したうえで本件取消処分を決定したと認めるに足りる証拠はないばかりでなく、かえつて、会田公安委員においては、前述したところからすれば、不完全不十分な説明を受けただけでなく、一部著しく正確性を欠く説明すら受けたまま、本件取消処分を決定したことがうかがえるのであり、本件取消処分の審査判定手続は、違法であることを免れない。

そして、被告公安委員会の会議の方法についても、「埼玉県公安委員会運営規則」(埼玉県公安委員会規則昭和二九年第一号)には、「委員会の運営は、会議の議決によりこれを行う。」(二条)、「会議は、委員(委員長を含む。)の二名が出席しなければこれを開くことができない。」(六条)、「委員長は、会議の議長となる。会議の議事は、出席委員(委員長を含む。)の過半数でこれを決する。」(七条)、「災害その他緊急な事態の発生した場合において、会議を招集することができず、又は招集してもこれを開くことができないときは、第二条の規定にかかわらず、委員の中の一人が公安委員会の職権を行うことができる。前項の場合による処置について、当該公安委員は次の会議にこれを報告し、その承認を求めなければならない。」(九条)の各規定がおかれており、これらの規定の内容からすると、被告公安委員会が職権を行使するには、各公安委員が直接一堂に会して会議を開き、その議決によることを要するのであつて、これと異なり持ちまわりの方法によつて会議を開き、その議決によつて職権を行使することは、本来予定するところでないと解される。ことに、本件事案のように、当該取消処分の結果に影響を与える可能性のある事項のなかに事実認定上微妙なものが含まれ、被処分者においてこれを争う意思を有しているような場合には、各公安委員が直接一堂に会して慎重に合議することがとりわけ重要であるといわなければならない。

ところが、会田公安委員と大谷公安委員とが直接一堂に会して会議を開き、議決することなく、持ちまわりの方法によつて会議を開き、本件取消処分を決定したことは、前記認定のとおりであり、既に検討した本件事案の性質内容からすると、このような会議の方法は、合議機関である公安委員会に運転免許の取消処分の権限を与えた道路交通法の精神にもとるものであるといつてよく、本件取消処分の審査判定手続は、この点においても違法である。

3  以上要するに、被告公安委員会は、本件取消処分にあたり、形式的には、原告に対する聴聞を実施したというものの、それには、前述した違法事由が存し、法の要求する聴聞たる実質をそなえていないといえるばかりでなく、また、審査判定においても、同様に違法事由が存し、法が公安委員会に運転免許の取消処分の権限を与えた精神にもとるものがあるといえるのであつて、本件取消処分の手続を全体としてながめるならば、その違法性は、一層明白であるというべきであるから、本件取消処分は、取消しを免れない。

第三結語

よつて、原告の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく、正当として認容すべきものであるので、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 野本三千雄 松澤二郎 渡辺温)

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